久しぶりのブログです。
2018年に山梨県に引っ越して、はや5年が経過しました。
その間は、非正規公務員という形で、山梨県のスクールソーシャルワーカー(以下SSW)をしていたので、セラピストとしての活動をあまりオープンにはしていませんでした。
公務員という立場は、守られている部分もありますが、同時に制限も大きく、本来自由人な私にとっては多少窮屈さを感じることもありました。
今は一般ピープルとなって、もっと自由に発言もできますし、やれることも増えたので、羽を伸ばし始めているところです。
4月からは松本と山梨を往復して、以前のボランティア活動の跡片付けしに行っています。
そこから持ち込まれる荷物で家の中が占領されてきて、セラピールームを設けることができないのが悩みどころです。
さて、そんなこんなの中、5月25日に勝沼の立正寺で対話法の講座を開くことになりました。
元SSWとして子どもたちや保護者と接するのに、この対話法を使ったコミュニケーションは欠かせないものでした。
よく、対話は心が重要で技術でやるものではないという方がおられますが、私たちが言葉を使う際にめちゃくちゃな単語を使ったり、文法が目茶苦茶だったら、正しく伝わったり、聞き取ったりできるでしょうか?ましてこんなに長い間日本語を使ってきているのに、どうして対話がうまくいかないことが多いのでしょうか?それはやはり言葉の使い方がうまくできていないと考えるべきだと思うのです。
対話法は話すことよりも聴くことに重心を置いています。対話はキャッチボールに良くたとえられますが、キャッチャーがミットを構えたままただじっとしていればそこにボールが入るわけではありません。どこに飛んできてもちゃんと受け止める技術が必要です。
それにキャッチャーはボールが投げられないときもグランド全体を見渡して、必要な状況に合わせてサインを送ったり、ピッチャーとやり取りしたりしています。
本当に相手の思いをしっかり聞き取れていない状態で、自分の言いたいことばかりを伝えようとすれば、野球でいうところの暴投になってしまったり、投げてきたボールを受け留めずに打ち返してしまうことになるわけです。誤解や思い込みが混じった状態では、対話にはなりません。
そんなコミュニケーションのずれを防ぎ、思いが通い合うような関係づくりができるようになることを対話法は目指しています。
こんなワークショップをオープンに開けるのも一般ピープルになったからこそ。
いよいよ明日、楽しんで講座を開きたいと思っています。
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